「で、あんた分かるのか?テトムのことが」

おじいさんは手を休めることなく老人に聞いた。

『テトムくんは瞬時に離れた別の場所に移動した。でも、また戻って来る』

「別の場所って?いったいどこなんだ。まさか、天国じゃあるまいな」

おじいさんには老人の言葉がたわごとにしか聞こえていなかった。

まったく信用出来なかった。大体、機体に突き刺さった金属の棒は、

この街から飛んで来たものではなかったか。

おじいさんはテトムから老人に視線を移した。

右手は拳銃のホルダーのホックをはずしていた。

ここ20年以上撃っていないが、多分使えるだろう。

不安はあったがこれしかないと思った。

素早く拳銃を引き抜いた。

「なぜ、わしらを攻撃した!」

おじいさんの目は殺気に満ちていた。「答えてもらおう!」

辺りを威嚇するように拳銃を左右に大きく振った。

壁のむこうで子供が泣き出すのが聞こえた。何箇所も同時にだった。

老人は慌てて、遠巻きにこちらを見ていた親達に合図を送った。

親達は子供達のウサギのような形の機械をみんなはずしていった。

「なにをしている!どういうことだ!」

『恐怖が増幅されてしまうからだ。親と子供自身の恐怖が共振してしまう』

おじいさんには理解できなかった。

「そんなことはどうでもいい!なんで攻撃したか説明してもらおうか!」

 

ピーラはテトムが心配だった。しかし、

激痛のためになかなか体勢が変えられなかった。

腕の向きを変えれば少しは痛みが和らぐかもしれないと、少し動かしてみた。

全身に激痛が走った。涙が出た。

ピーラは倒れ込むようにテトムの胸に耳を当てた。

「ああ、ううぅ」ピーラは思わずうめき声をあげた。

テトムに鼓動はなかった。位置を間違えたかと思いもう一度確認した。

やはり鼓動はなかった。

ピーラは自分を責めた。

自分さえテトムを誘わなければこんなことにはならなかった。

涙が溢れて来た。声をあげて泣いた。

『すまないことをした。たしかに攻撃はこの街の若者がやったことだ』

「わけを説明して欲しい」銃口は老人に向いていた。

老人は少し考えているようだった。沈黙があった。

老人はゆっくりと話し始めた。

『今日は祭の日だ。天空の神に感謝し、また来年を占う日でもある』

「だからなんだ!」おじいさんは声を荒らげた。

老人は大きく息を吸い込んだ。そして、続けた。

『空のかげり具合で占うのだ。

  ところが、君のフライヤーが真っ黒の煙で空にかげりを作ってしまった。

  それを見た若者達が怒りのために攻撃してしまったのだ』

「それはたまたまだろう!わざとやったわけじゃない!」

『だが我々にとっては1年に1回の大事な日なのだ。

  価値観が違うのだ。理解しにくいとは思うがそれが事実だ』

おじいさんには到底納得のいく話ではなかった。

フライヤーは破壊されたわけだし、テトムはいまだに意識が戻らない。

もしかしたら、このままテトムの意識は戻らないかもしれない。

「どうしてくれるんだ!」

『今から修理する』老人は平然と答えた。

「夜になったらこの子は死んでしまうんだ!それまでに直せるのか!

  大体、いつまで立っても意識が戻らないじゃないか!

  どういうことなんだ?」おじいさんはヒステリックに怒鳴った。

『大丈夫だ。すぐ直る』

老人はそう言うと見るからに頭が良さそうな人を何人か呼び寄せた。

女性も2人混ざっていた。全部で6人、老人も入れると7人になった。

みんなそれぞれにウサギ型の機械からコードを延ばし、

隣の人の機械とつなげた。横に7人並んで目を閉じた。

すると別の女性がフライヤーに近づいていった。

「ち、近寄るな!」あまりの異様な光景におじいさんは圧倒されていた。

女性は無表情で表面から内側まで、くまなく観察しているようだった。

しばらくすると、分解し始めた。近くにいた男が道具を渡している。

「や、やめろ。なにをする」おじいさんの声は悲鳴に近かった。

ピーラも口を開けたまま動けずにいた。

すっかりバラバラになると、今度は大勢の人達が集まって来た。

「うわっ、なんだ」おじいさんは面喰らって拳銃を振り回したが

なんの反応もなかった。

人々はおじいさんの脇をすり抜け、部品の山へと向かった。

いつの間にか老人を含めた7人のところが12人に増えていた。

折り重なるように部品の山の上に人が集まった。

その内部で何が起こっているのかは全く見えなかった。

どのくらい経ったろう。でもそんなに長い時間ではなかった。

人々が部品の山があった場所から離れ始めた。

隙間からはメタリックな光沢のある表面がキラキラ輝いているのが見えた。

「おぉ」おじいさんからは、それ以上の言葉は出てこなかった。

『修理は終わった。形が変わったことは許して欲しい。

  部品がどうしても足りなかったのだ』

「あ、ああ、別にいいんだ」おじいさんは目を丸くしていた。

「これプラズマ式に変わってる・・・」ピーラが言った。

『その通りだ。操縦の仕方はオリジナルに近くしてあるので問題ないと思う』

老人は空を見上げた。

『テトムくんが戻って来たようだ』

高い周波数のノイズが辺りを包んでいた。次第に音は大きくなっていった。

おじいさんとピーラはテトムの様子をうかがったが、何の変化もなかった。

おじいさんは音の正体を探した。

「なんだ?あれは」それは太陽の方向から来た。

おじいさんは目を細め、手を目の上にかざした。

フライヤーだった。

「おーい!」テトムの父親の声だった。

次の瞬間、テトムの顔に血の気が戻った。「うーん・・」

「テ、テトム、気が着いたか!」

おじいさんはテトムを抱き締め頬ずりし、涙を浮かべた。

その時、もうひとつの大事な事を思い出した。

「そうだ!ピーラくん、すまなかった。痛かったろう」

そう言って、おじいさんは頭を掻いた。