ピーラは、ちらちら後ろを振り返っていた。

そして、目を閉じてうつむきながら小声で何か呟いていた。

「大丈夫だよ。おじいちゃんがなんとかするよ。

  さっきは壊れたけどね。」テトムはピーラの肩にやさしく手を乗せた。

「オホン!」おじいさんがバツ悪そうにせき払いをした。

ピーラはびっくりして目を開けた。

次の瞬間、ピーラはハッとした。

「ない・・・」ピーラが足下を覗き込んで何かを探し始めた。

「どうしたの?ピーラ」すぐにテトムは悟った。「まさか・・・ないの?」

ピーラは無言でうなずいた。

「おじいちゃん!戻って!ないんだよ!アルメリア!」

「なにっ!」おじいさんはピーラ達の足下に目を凝らした。

「なんてことだ。しくじったぁー!!」

おじいさんは後方に目をやった。

「ぎりぎりか・・・」

おじいさんはフライヤーを急旋回させた。3人に緊張感が走る。

 

このままピーラの村に戻ればピーラは助かるが、

おばあさんの命の保証はない。

もしこのまま夜にのまれれば、ピーラはもとより、

ピーラのおばあさんも、死なせてしまう可能性があるのだ。

3人とも押し黙ったままの時間が続いた。

フライヤーのノイズだけが聞こえていた。

 

「間に合わんかもしれん・・・」おじいさんは心の中で呟いた。

180度反転した機体はまっすぐ夜の波に向かって突き進んでいた。

テトムは振動がピーラの方から伝わるのを感じた。

ピーラがガタガタ震えていたのだ。

もし”夜”にのまれれば、ピーラは呼吸が出来なくなりあっという間に

死んでしまう。

間近に迫った”夜”はネイティブには害はないことをテトムは知っていたし、

見なれたものではあったが、

今日に限っては恐怖を感じずにはいられなかった。

 

ザーーーーーーーーーー

少しずつ”夜”の足音が大きくなってきた。

「うううううぅ」ピーラは恐ろしさのあまり声を出していた。

 

「だめだ・・・」

おじいさんはため息混じりに言った。

上空から石造りの町が見えたが、既に半分以上”夜”に呑まれていた。

「しようがない。このままピーラの町に向かうぞ」

おじいさんはくやしそうに言った。

機体を反転させ、ピーラの町に向かおうとしたとき、

「おじいちゃん、ピーラを降ろして僕達だけで取りに行けば

いいんじゃない?僕らだったら平気だし・・・」テトムが口を開いた。

「なるほど・・・急げば間に合うかもしれんなあ・・・」

おじいさんは少し考えていた。

「よし!それでいくか!」機体は急降下した。地面が急激に視界に広がった。

砂煙りが上がった。地面から2m程のところで急減速したのだ。

「お、おじいちゃん、いつ覚えたの?こんなテクニック」

「フライヤーなら任せろ、少し乗ればクセは分かる」

おじいさんは自慢げだ。

「ここで待っていてくれ、すぐ戻るからな」

おじいさんはピーラの右肩に注意しながら、地面にそっと降ろした。

「お願いします」ピーラの声は緊張でこわばっていた。

「大丈夫だよ。すぐ戻って来るからね」

テトムは微笑んでみせた。

「よし!行くぞ!」おじいさんは自分自信に気合いを入れた。

フライヤーは舞い上がった。

そして”夜”の真っ只中へスピードを上げて突き進んで行った。

”夜”はゆっくりと街を包み込んでいく。

「おじいちゃん、さっきの場所覚えているの?」

「心配しなくても大丈夫だ」自信は全くなかったがテトムの前では嘘を言った。

「飛び込むぞ!」「うん!」テトムはきつくまぶたを閉じた。

ざざざーん。機体の周りは気泡で真っ白になった。

機体は”夜”の重い気体の抵抗でずんと減速した。

テトムは目を開けた。視界いっぱいに”夜”の世界が広がっていた。

あちらこちらにうみくらげが星がまばたきをするように明滅を繰り返しながら漂っていた。

「おじいちゃん、どのあたり?」「あ、あった!あの大通りだ!」

通りの両側には街灯がきらめき、大通り自体が明るく照らし出されていた。